2017年08月26日

心の痛み

いち宗教者として、死後のメッセージ…自分とリンクして考えて見ました。
四年前に母親の他界、神仏一筋の88年。晩年は誤嚥肺炎等で弱りましたが、出来る限り仕事をしながら介護もしてきました。亡くなった夜、無性に涙が出てきた事。昔のことが走馬灯のように頭を駆け巡り涙が止まらなかった事。人間って不思議なもので、感情の動物なんだなぁと感じました。亡くなった後、感じたことは、もっと介護出来たんじゃないか?もっと声かけして構ってあげれたんじゃないか…何かやり残した事が頭をよぎり感情が高ぶったんだろうと思います。でも人は、日々追われながらの生活でわかっていても余裕がないんですよ、そこまで手が届かない、で、亡くなってある意味ホットした時にその気持ちが湧き出てくる。それぞれ死を迎える形の違いはあります。晩年は病気などで 家族が大変な事もあります。また、会話などもできない場合もあります。でも、其処で前もっての死後のメッセージがあれば、メッセージを受け取った家族や関わりのあった方はどう言う気持ちになるか?知らされていなかった事や誤解、また本心など、メッセージがある事で凄く癒やされ、感謝の気持ち、心を打たれる事と思います。亡くなった本人の心の中の声、受け取った方々はきっとこれからの生き方、人生の手本になります。今の時代が自分本位になり助け合いの精神や感謝の気持ちが欠けています。その意味でこのサービスは心のケア、忘れていた自分を取り戻し初心にしてくれます。人生は短かきも長い、途中で立ち止まる時も必要です。少しの時間を割いて何か形のある事を残して次世代に引き継いでいきましょう。
posted by 高天原本宮 at 21:08| 日記